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執筆者の写真Furuya Hirotoshi

近年のマスタリングにおけるEQの用い方

マスタリングEQ

近年世界で行われるマスタリングにおける考え方は、日本で考えられているものとは全く別物になりました。EQを主体に音作りを行うという概念を、果たしてどれだけの方が想像できるでしょうか?この概念は、巷で近年言われる『積極的なEQ』というこのとも異なります。積極的という語彙は用いられていても、あくまで補正という概念からは抜けられていないでしょう。またコンプレッサーは質感に変化を与える折には用いますが、所謂音圧やボリュームというものに対してはコンプレスは一切使いません。リミッターもあくまで質感の豊かさを左右するものであり、音を潰して音量を上げていくという概念からは大きく外れています。端的に言えば、国内で行われているマスタリングは世界と真逆の状況にあり、手法やプロセスというもの研究してもおそらくは行き着けない境地です。そもそもの考え方が全く違うので、もはや『別物』として捉えることが物事の整理には役立つかと思います。

以前とあるセミナーを担当した折、『海外のマスタリングを間近で見る機会として欲しい』との依頼下で、EQを幾つも会場に持ち込みLimterをメーター代わりとしてチェインを組んで臨んだことがあります。EQで一度音色を完全にリセットし、それから有り余るパワーを有するSPLのPQなどで次々に音質に変化を与えていくと、それなりの理解というものは会場内で起こっていたように思えました。位相処理も、スピーカーの選定も、会場のルームチューニングも一切行われていない場でのものでしたが、それなりに分かって頂けたところはあったかと思います。

ミキシング後の原音とは全く異なる音色への変化、そして音そのものへのアクセスという意味ではその”違い”を感じて頂けたようでも、実際的な形でどのようなプロセスを経ていたか、目の前で実演されたもであっても、その後お話をさせて頂いた雰囲気からしてプロセスまでは理解が届いていないように思えました。それは、

『音圧をどうやって上げていましたか?かなり強かったですよね』

という一言から、一番重要なところは何も伝わっていないと感じざるを得ませんでした。

そもそも、EQでミキシング後の音を一回完全にリセットするという意味自体が、あまりに国内に存在していないがゆえに突拍子もない何かを提供されたように思えたように感じました。しかし、激しい競争に晒される世界の舞台では、普通に2ミックスにお化粧を施すくらいでは到底追いつけない世界観があります。恐らくは、その程度のことはアーティスト個人で十分にできてしまう範囲で、耳の良い彼らからは全く仕事は取れないでしょう。

ここで考えたいのが、そもそも何故マスタリングエンジニアがいて、何故マスタリングエンジニアに仕事を頼まなければならないのかを考えてみれば、自ずと答えは出るかと思います。自分でできるようなことを金銭を支払って依頼することはないでしょうし、特別な何かを提供しない限りは金銭を支払われることもないでしょう。

つまりは突拍子もない音を提供しない限り、仕事はないということです。それが世界の舞台では普通のこととして捉えられており、機材を含め何処までが世界の最先端で輝ける哲学を持っているかという視点が重要になります。これなくして、仕事はありませんし、勿論アワードやチャートインといった栄光とは程遠いところで停滞するでしょう。

これまでの仕事で、例えばグラミー賞受賞者であるBob Honerから音源を受け取ったとき、またポール・マッカートニーのミキシングエンジニアで著名なMartin Merenyiから送られてきたミキシングの音源に、僕は激しく変化を与えました。彼らが作った音は、正直なところ垢抜けているところから程遠い、ダイヤの宝石と言える音源でした。しかし、何が凄いかと言えば、彼らのミキシングはこちらの裁量、理解、才能次第で如何様にでも変化を与えられるような音源に仕上げられていたということです。つまりは彼らの世界観は、次のステップを確実に意識し、そこでどのように色付けされるかは、彼らの想像を超えてくるものであることを意識しつつ、楽曲の個性を先回りして創造していたということになります。そしてマスタリングで激しく変化を与えられた楽曲は、クライアントから大絶賛を受けることが出来ました。

ここまでの創造性をもってして制作された音源に、具体的な形で色付けをしていくのに果たしてコンプレッサーが有効でしょうか?楽音をどのように理解し、その先の世界観を作ることを求められているのに、リミッターで音を潰すでしょうか?音色を強力に触れるのはEQだけです。だから欧米で知り合ったエンジニア達は、まず自己紹介のように、

『君は何のEQを使っている?』

という会話からスタートするのかと思います。実際EQのみで音色を一度リセットし、更にはEQで音色を構築し音楽を構成するという行為は、そう簡単にできるものではありません。相当に高度な音楽的感性と才能が必要であり、また音の感受性という意味では最高難易度のものと言えるでしょう。また、自らに絶対的な基準値を持ち合わせていなければならず、その基準が常にグローバル・スタンダードとして落とし込まれていなければなりません。その上グローバル・スタンダードは常に変化しますので、柔軟にアップデートが効く体制を自らの中に構築している必要もあります。ここまで来ると、非常に高度な頭脳戦をも求められ、目の前の『音の処理』という概念からすると別物の仕事とも言えるかと思います。まずはこの認識が重要であり、そこに視点を置かない限りは、世界からは大きく取り残されたままであり、更には発展的な形で最先端の音をメーカーと構築するエンドーサーという立ち位置は遥か彼方のものとなってしまいます。

EQで楽曲をリセットし、リラックスしたフラットな音源から、更に先進性の強い音源へと自らの経験と才能で新たな生命を吹き込み昇華させる。このアグレッシブな音作りへの階段は、これまでのお化粧マスタリングでは決して行き着けない考え方であり、一度考え方を完全にリセットする必要があるでしょう。過去の自分を完全否定し、新たな世界観を自らの中に構築し、そして世界と二人三脚を果たす覚悟を決め歩みだす。そんな姿勢が、このEQをメインにしたマスタリングには必要かと思います。

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